ディア・ドクター
広島出身で全国的にも非常に評価の高い若手監督、西川美和さんの新作ということで、地元広島では大プッシュの必見映画でございます
<あらすじ>
長らく無医村だった集落の診療所に着任し、村人から絶大な信頼を得ていた医師・伊野治(笑福亭鶴瓶)が失踪した。
刑事たち(松重豊、岩松了)は伊野の行方を探るため、村人や診療所の看護婦(余貴美子)、研修生の相馬(瑛太)などに聞き込みをするのだが・・・
西川美和監督って写真などで拝見する限り、華奢で小柄だし“女の子”と言ってもいいくらい可愛らしい雰囲気のある人。
『ゆれる』で初めて西川さんの映画を観て、その後デビュー作である『蛇イチゴ』も観ましたが、本人から受ける可憐な印象と、人間の深層心理の黒い部分を描いた作品とのギャップが凄くあります。
映画の原作を含む短編集が直木賞候補になるほどの文才の持ち主でもあり、本当に才能豊かで聡明な方なのだろうと想像。
かつて無医村だったとある山間の集落で、神様仏様と崇められていた医者・伊野治が行方不明になったところから物語は始まります。
村人および関係者に話を聞き始める刑事。
やがて伊野のある重大な秘密が明らかになってくる・・・
映画の冒頭で伊野に「◯◯ないねん」(運転◯◯のことだけどね)というセリフを言わせていることからも明らかですが、予告を観ただけでも容易に察しがつく、医者の秘密そのものがメインなのではありません。
描いているのは善と悪のボーダーライン、人間の心の曖昧な部分、もしくは本能的な部分・・・
伊野失踪後、聞き込みをしてまわる刑事のシーンと、伊野と村人たちのエピソードを交互に映し出しながら、言葉では俄に言い表し難いものを、西川監督は怖いくらいに繊細かつスリリングな演出で鮮やかに抉り出します。
なんというか、観る側を強烈に引き付ける何かがひとつひとつのシーンやセリフに宿ってる。
見事としか言いようがないです。
ひっくり返ってジタバタしていたカナブンがふいに飛び立ったり、台所のシンクに放置されたアイスキャンデーが溶け出したり・・・
登場人物の心情を詩的に表現する細やかな演出がニクイ。
西川さんの書く文章は読んだことがないので比べられないけど、きっとそれぞれ小説にしかできない表現、映像ならではの表現がなされているんじゃないかなぁ。
一見地味だけれど、けして独りよがりなんかではなく、言いたいことはまっすぐ伝わってくるし映画としてきっちりエンタテイメントになっているところが素晴らしいです。
笑福亭鶴瓶が映画初主演であることでも話題ですが、もう演技なのか何なのか分かんないくらいハマリ役。
『鶴瓶の家族に乾杯!』とか観てると、鶴瓶って田舎のコミュニティの中に溶け込むのが天才的に上手くて、この番組における彼のイメージから今回抜擢されたのかも?などと思ったり。
伊野という謎めいた人物の、柔和な細い目の奥にある闇・・・それがふと垣間見える瞬間が忘れられません。
(ちなみに伊野の最初のイメージは『殺人の記憶』のソン・ガンホだったとか)
「伊野は自分自身」というのは監督の言葉ですけど、『ゆれる』以降の監督としてのプレッシャーと、村人から医者として過剰なまでに頼られる伊野のプレッシャーにはどこか通じるものがあるのでしょう。
勝手な想像だけど、井川遥の役も監督の心情に近いものがあるんじゃないかとも思いました。
瑛太、八千草薫、余貴美子、香川照之など、脇を固める役者さんもそれぞれ名演。
そのほか腕の立つ演技派がなにげにたくさん出演していて、濃密な人間ドラマをがっつり支えています。
ラストはもしかしたら賛否あるかもしれないけど、私は好きです。
あれは伊野の良心だと思う。
だって彼は、鳥飼かづ子と約束したんだもの。“引き受ける”って。
人の心の不可解さ、僻地医療の現実、生と死、そして家族・・・
様々な事柄に思いを馳せ、余韻にひたることのできる傑作でした。
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コメント
先日NHKのトップランナーという番組で
西川和美さんが出ておられました。
ホントに華奢でたおやかな美女ですね。
でもその眼差しは冷徹に人間を観察している・・・。
「ゆれる」の書籍の方を図書館で借りて読んだのですが
もう「あるある、田舎ってこう!」という感じでした。
女性だけにヒロインに対しても容赦が無い。
「あしたのかみさま」も読みたいけどずっと貸し出し中。
つい活字の方から入ってしまいます。
投稿: 奈良の亀母 | 2009年7月19日 (日) 21時25分
ウワー、和美さんでなくて美和さんでした。
西川監督、申し訳ありません。
投稿: 奈良の亀母 | 2009年7月19日 (日) 21時28分
奈良の亀母様
こちらにもコメントありがとうございます!
わざわざ訂正もしてくださってありがとう♪
西川監督、トップランナーに出てたんですね!
見のがしてしまった。再放送あるかな?
キレイな方ですよね。同世代だし、憧れてしまいます。
西川さんの小説、読んでみたいです。
私も最近はもっぱら図書館なんですけど、
話題の本はなかなか借りられないですね〜
投稿: kenko | 2009年7月19日 (日) 23時20分
kenkoさんこんにちは★
コメTBありがとう〜
西川監督って細かい演出がニクいほど上手いですよね、
アイスの溶けて行く姿を捉えてたり。
デビュー作の蛇イチゴ観たいと思いつつまだなので今度観ようと思ってマス。
えー?ソンガンホがイメージだったんですか?
)
それはちょっと違うかも、、、でもソンガンホがやったら
もっとハマっていた気もしますー^^
つるべえさんでももちろん良かったけど
(でもほんとはこの方ニガテ
投稿: mig | 2009年7月22日 (水) 12時07分
mig様
お返事ありがとうございます☆
今回も西川監督の世界に引き込まれました。
なんでもなく見えるシーンの捉え方が上手いですよね〜
『蛇イチゴ』も良かったです!
こちらもやっぱり芸人で宮迫ですが。
イメージはソン・ガンホだったらしいです。ちょっと意外?
ソン・ガンホの出てる映画と言えば実は『グエムル』しか観たことないんですけど、
もし鶴瓶でなくてソン・ガンホだったらまた違った印象の映画になったでしょうね。
鶴瓶苦手ですか?脱いじゃいけない時に脱ぐから?とか?
投稿: kenko | 2009年7月22日 (水) 14時17分
kenkoさん
お久しぶりでーす。
遅まきながら観てきました。子供頃から鶴瓶師匠知ってるだけにかなり
抵抗あったんですけど、名演だった(いややっぱり素のまま?)ので監督すごいなぁと思います。いややはり鶴瓶師匠がすごいのかも。(笑)
あの主人公つるべを自分自身だと言ってのける美人監督、タダものでは
ないですねー。知らなかったんですけど、ノベライズ的な本が直木賞候補になってたんですね。
最近ハデな分奥行きのない邦画がなんとなく多いイメージがあるんですけど、この監督はその逆のようなことをやられてる印象があります。
投稿: kazupon | 2009年8月15日 (土) 20時52分
kazupon様
おひさしぶりです!!
ここ1週間ばかし留守にしてまして・・・お返事が遅くなってしまいました。ごめんなさい
『ディアドクター』ご覧になったんですね!
今回も期待を裏切らない非常に見応えのあるドラマでした。
鶴瓶師匠はハマってた!
素なのか演技なのか分からないところに逆に凄味のようなものを感じてしまいました。
西川監督は『蛇イチゴ』のときも雨上がり宮迫とか起用してたし、
芸人さんの中でこれはという人に目をつける才能もあるのかも?
直木賞候補になった小説の方も読んでみたいです。
映画館に売ってたの買えば良かったなぁ。
ハデで奥行きのない映画・・・いっぱいありますね
それはそれで楽しめちゃう場合もありますけど、
こういう上質な作品が邦画で観られるのってやっぱり嬉しいです。
投稿: kenko | 2009年8月20日 (木) 00時43分