空気人形
是枝裕和監督の最新作は、持ってはいけない心を持ってしまった人形のお話。
原作は業田良家の短編マンガ集『ゴーダ哲学堂 空気人形』の表題作。
日本映画ですが、この物語の主人公である<空気人形>を演じるのは、『リンダリンダリンダ』『グエムル 漢江の怪物』の韓国女優ペ・ドゥナ。
とにかく彼女の演技が絶品。
表情、動き、言葉、吐息・・・そのすべてに強烈に引き込まれます。
正直言ってそんなに美人とは思わないし、もっと人形っぽい顔立ち、人間離れしたスタイルの女優さんはいくらでもいそうだけど、ペ・ドゥナの空気人形を観た後では、彼女以外のキャスティングなんて考えられません。
カタコトの日本語も、まっさらな状態でこの世に生まれたばかりのお人形、ならば全く違和感なし。
むしろそのカタコトが愛おしい。
<あらすじ>
冴えない中年男・秀雄(板尾創路)は、ラブドールにのぞみという名をつけパートナーに見立て、古びたアパートで一人暮らしをしていた。
ある朝、秀雄が出かけた後、突然心を持ってしまった人形(ペ・ドゥナ)。
人形は町へ繰り出す。見るものすべてが初めての人形にとって、世界は美しく刺激的だった。
人形と言ってもいろいろで、空気人形は子供の玩具ではなく、ぶっちゃけて言えば成人男性が性欲を処理するための道具。
いわゆるダッチワイフってやつです。
最近はかなり精巧に作られているものもある・・・のかどうかさすがに詳しくないですが、空気人形はその名の通り、空気を入れて膨らますだけのビニール製の安物。
メイド服を着たキュートなビジュアルのお人形が心を持って動き出しちゃうなんて、今回かなりファンシーなお話?と思いきや、板尾創路演じる人形の持ち主・秀雄と、彼が<のぞみ>と呼ぶ空気人形とのセックスシーン(厳密にはセックスとは言えないけど)のあまりにリアルで容赦ない描き方に、初っ端からガツンとやられました。
そして翌朝、人形が内側の空洞に無垢な魂を宿す・・・その奇跡の瞬間のなんと美しいこと。
町へ出た空気人形は好奇心のかたまり。
その様子はコミカルで可愛らしいけど、端から見ればちょっとアブナイ人かも?
純一という青年に恋をした空気人形は、彼が働くレンタルビデオ店でアルバイトを始めます。
メイド服じゃない服を自分で選び、髪型を変えメイクもして・・・どんどん普通の女の子らしく、魅力的になっていく空気人形。
昼間の彼女はとても幸せそう。恋する女の子の瞳に映る世界はキラキラと光り輝きます。
しかし夜の彼女は、以前と変わらず<性欲処理の代用品>に過ぎない・・・という残酷な現実。
ある日お店で空気人形の空気が抜けてしまうという事故が起きるのですが、このシーンにおけるペ・ドゥナの熱演、エロスといったらもう。
愛する人の息でカラダ中を満たされるということ。
それは空気人形にとって初めて経験する悦びだったのでした。
純一も空気人形と同じくらい、彼女のことを好きでいてくれたらよかった。
純一が空気人形に望んだのは、彼の中にも歴然とある空虚を浮き彫りにするような思いがけないこと。
繰り返されるその行為は、なんだか一方的でとても虚しく、繰り返せば繰り返すほど、空気人形があの日感じた悦びが薄れていくような気がする。
だから空気人形は、純一にしてもらって嬉しかったことを彼にもしてあげたのでした。
愛するゆえの行為が、知らないうちに相手を傷つけていることってある。
しかもそれが取り返しのつかないことだったり。
「取り返しがつかない」ということにすら気付けなかったり。
空気人形が出会う人々は皆、心にぽっかり穴が空いているような寂しい人ばかり。
高橋昌也さん演じる元教師のおじいさんが彼女に教える詩は、この物語を象徴していて印象深いです。
それは吉野弘の『生命は』という詩。以下ざっくり抜粋。
生命はすべて そのなかに欠如を抱き それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分 他者の総和
しかし互いに欠如を満たすなどとは知りもせず 知らされもせず
ばらまかれている者同士 無関心でいられる間柄
ときにうとましく思えることさえも許されている間柄・・・
花が咲いている すぐ近くまで 虻の姿をした他者が光をまとって飛んできている
私もあるとき 誰かのための虻だったろう
あなたもあるとき 私のための風だったかもしれない
この詩がラストシーンで生きてきます。
世界は哀しくて残酷で、孤独な人で溢れているけれど、本当はみんな誰かに満たされていることを知らないだけ。
空気人形が軒下の雨のしずくに触れた瞬間、命を宿したように、まるでかげろうのように儚い人形の心は風になり、誰かの元へ届くのでした。
まるで映画全体が一編の美しい詩のよう。見事な作品でした。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 2014年劇場公開映画ベスト(2015.01.25)
- 2013年劇場公開映画ベスト(2014.01.26)
- 悪の法則(2013.11.21)
- マン・オブ・スティール(2013.09.15)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
TBありがとうございました。
刺激的な題材でしたが、なかなか素敵な映画でしたよね。
作品を満たす詩的な表現に、いろいろと思いを巡らせたくなる映画でした。
やりきれないラストに胸が痛くなりますが、公開中にもう一度ぐらい観に行きたいです。
投稿: かみぃ@未完の映画評 | 2009年10月14日 (水) 22時08分
かみぃ様
コメントありがとうございます!
こちらからはTBのみで失礼いたしました。
思った以上に刺激的な内容で、胸が痛くなるシーンもたくさんありましたが
映像もペ・ドゥナの演技も素晴らしく、深い余韻を残す素敵な映画でした。
吉野弘の詩をもっと読んでみたくなったり。
私も時間が許せばもう一度劇場でこの世界に浸りたいです
投稿: kenko | 2009年10月15日 (木) 11時49分
kenkoさん、こんにちはん。
ペ・ドゥナちゃんのカタコト日本語、かわゆかったですねぇ。
官能とヘンテコの両方を表現できるってすばらしー。
イタオさんのいたすシーンや筒状のものを洗うシーンの容赦なさにドキリとしつつも、キレイなファンタジーですまさないところにこそ、味わい・感銘がありましたよね~。
ぶらぼー
投稿: かえる | 2009年10月16日 (金) 09時08分
かえる様
かえるさん、こんばんわん
ペ・ドゥナちゃんのカタコト日本語あってこそ!の空気人形でした〜
(カタコトっつっても実際じゅうぶん上手な日本語でしたけどね)
人形をまるで生身の女性のように扱っておきながら、
いたした後には筒状のものを自分で洗うしかないという虚しさ。
冒頭から、ただのファンタジーに留まらない容赦のなさを見せつけられた感じでした。
ついペ・ドゥナちゃんばかり褒めちゃったけど、イタオさんもかなり良かったです!
投稿: kenko | 2009年10月17日 (土) 00時29分
kenkoさん
自分が男性だからか、きれいだけど重い映画だなーと思いつつ
ひきこまれておりました。そうですね、この役日本だったら誰が
やれるか。。。観た後考えてましたけど、ふさわしくて、なおかつ
やれそうな人っていないかも・・・と思いました。
しかし深いですね。自分かなりボンヤリ観てたなぁ今回。;;
投稿: kazupon | 2009年10月25日 (日) 18時44分
kazupon様
空気人形ごらんになったんですね( ^ω^ )
ほんと映像とかすごく透明感があってキレイなのに
ずっしり重い内容の作品でした。
男性より女性がハマる映画なのかもしれないです。
日本の俳優なら誰でしょうねぇ。
ビジュアルだけならいくらでもお人形っぽい人はいそうだなーと思ったんですけど
脱がなきゃいけないし、なかなかふさわしい人っていそうでいないですね。
投稿: kenko | 2009年10月26日 (月) 19時08分
kenkoさん、おはよっす
かなりのアレンジが加えられているのでしょうか?
原作者の方はあの名作『自虐の詩』の方ですよね。あのギャグっぽいお話とこちらのみずみずしいイメージがどうも重ならないのですが
シュールなタイトルとか、奇抜なアイデアとか、ユーモラスだったり物悲しかったり、フェチっぽいエロチシズムなんかは、乱歩の世界によく似ていると思いました。ただ乱歩の世界が夜中心なのに比べると、こちらは明るい昼のイメージですけどね
最後、わたしも人形が風になった・・・と信じたかったのですが、ゴミ捨て場でうつろな目をしている彼女を思い出すとそうは思えず、ちょっと暗い気分になりました(笑)でも記事に引用されている詩を見て、「ああ、そういう風に思ってよかったんだ」と。よかった
投稿: SGA屋伍一 | 2010年1月29日 (金) 07時43分
SGA屋伍一様
こんばんは
そうそう、原作は「自虐の詩」の人。
「自虐の詩」しか読んだことがないのでなんとも言えませんが、
あの4コマ以降ずいぶん雰囲気の違う作品を描かれているみたいです。4コマでもなく。
短編らしいし、是枝監督なりのアレンジはかなりありそうですね?
乱歩ですかぁ。なるほど。
板尾さんの変態ちっくなプレイや、オダジョーが出てくる人形工場のあたりはそれっぽいかも?
私も観た直後はちょっと暗い気分だったかなぁ。
しかし今思い返してみると、いちばんに浮かぶのはふわふわトコトコと歩く
ペドゥナちゃんの可愛らしさだったりして、
残酷で切ないけど美しい映画だったなーと思います
投稿: kenko | 2010年1月29日 (金) 20時04分