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キャタピラー

Caterpillar

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の若松孝二監督作品。
主演の寺島しのぶさんがベルリン映画祭で最優秀女優賞を受賞したことで話題の戦争映画です。
タイトルは、戦車のキャタピラーではなく芋虫の意。
江戸川乱歩の『芋虫』から着想を得ていることを当初ははっきり言っていたようですが、日本文藝家協会にタイトル使用の許可を求めたところ150万の使用料を請求され、若松監督が断ると今度は「では50万でいいので」と言ってきたんだとか。
協会の対応にあきれた若松監督は、邦題も英訳のキャタピラーで行くと決めたらしい。
なるほど、だからクレジットにも乱歩の名前は出てこないのね。
乱歩のエログロなイメージって強烈だから、この映画の反戦というスタンスとしてはよかったのではと思います。

 いろいろ書いてたらなんだかとっても長い感想になってしまいましたので、あらすじは端折ります。
 あと、わりとネタバレです。。。

キャタピラー 公式サイト

6月19日沖縄(沖縄守備全滅)、8月6日広島、8月9日長崎(原爆の日)と、先行上映のスケジュールにも監督のこだわりを感じる本作。
全国一斉公開の大作映画でない限り、順に回ってくるのを待つしかない地方としては少しでも早く観られるのは嬉しいし、それが8月6日であるならなおさら。
6日には若松監督、寺島しのぶさん、大西信満さんの舞台挨拶もあり、当日朝はお三方とも式典に参列されて、監督は「あの日の暑さはこんなものではなかったと言われている気がしてならない」と式典の印象も交えたお話をしてくださったようです。

8日に観てきましたが劇場は満員御礼。年配のお客さん多し。
始まるやいなや流れ始めるスタッフクレジットにまず戸惑うわけですが、これは元ちとせさんが歌う『死んだ女の子』という曲を、最後にクレジットに邪魔されることなく観る側に確実に聴かせるためであったと思います。
これについては後記。

クレジットのあと映し出されるのは、中国へ出征した九蔵(大西信満)が現地の女性を犯して殺すという残虐行為。
このとき九蔵は燃える家屋の下敷きとなり、両手両足、聴力と声を失い、顔半分が焼けただれた無惨な姿となって帰国することになります。
九蔵という男が戦争の被害者であり加害者でもあることをきっちり描いている。
ヒロシマやナガサキだけでなく、世界のあらゆる場所で奪われた命の数を、BC級戦犯として死刑に処せられた人も含めて伝えるラストからは、戦争によってもたらされる悲劇は誰のせいでもなく人類共通の罪であり、悲劇を繰り返さないためには過去の罪をけして忘れてはならないという強いメッセージを感じました。

ありがたい勲章を天皇様から授かり、九蔵は「生ける軍神」として村人から崇められる。
額に入れた新聞記事と勲章を、誇らしげに眺めて過ごす九蔵。
当初、変わり果てた夫の姿にショックを受けたシゲ子(寺島しのぶ)も、「軍神様のお世話をするのもお国のため」と、健気に九蔵につくします。
まるで肉の塊、芋虫のような九蔵の食欲、性欲は尽きることがなく、ただひたすら「食べて寝る」だけの日々。
CG技術によるものなのでしょうが、本当にそういう姿の人が演じているようにしか見えず、衝撃。

戦況は悪化し、シゲ子が九蔵のために作る食事もどんどん粗末なものに。
ふたりきりの息が詰まるような暮らしの中で、世話してもらわなければ何もできない九蔵とシゲ子の関係は、当然のことながらシゲ子優位になっていく。
軍服を着せ、胸に輝かしい勲章を付けた九蔵を手押し車に乗せ、野良仕事に連れ出せば、通りかかった村人は軍神様に手を合わせ、シゲ子を妻の鑑と褒め讃える。
だがそれは九蔵にとっては惨めな姿を晒されているだけ。堪え難いことだった。

これはシゲ子の復讐なのか。
九蔵はかつて毎日のようにシゲ子を殴り、子供の産めない身体であるシゲ子を石女と罵り犯していた。
帰宅するとシゲ子は「軍神様にご褒美をあげます」と言って、九蔵に跨がる。
だが九蔵はその気にならない。
そんな九蔵をひどく責めるシゲ子に、九蔵はかつての自分の面影を見る。
このとき初めて九蔵は、かつて自分が犯して殺した女たちの屈辱を知り、恐ろしい罪悪感が九蔵の精神を苛みはじめるのだった。

舞台がどの地方の農村かは分かりませんけども、登場人物の話し言葉が現代的であることにじゃっかんの違和感をおぼえたりもしました。
しかし上映時間84分という簡潔さや、玉音放送にも現代語に訳したテロップをつけるという親切さ含め、この作品を世界中のあらゆる人に分かりやすく伝えるための演出のひとつなのではと思いました。

すっぴんの寺島しのぶさんによる体当たり演技は鮮烈ですが、九蔵役の大西信満さんもそりゃもう凄まじいです。
九蔵があんなにもシゲ子を求めたのは、確かに生きているという実感を得たかったからかもしれないと思う。
話せない九蔵の心の内を野暮な独白で教えてくれるわけじゃないので、すべては大西さんの演技にかかっているわけですが、欲望、恐怖、絶望、そして狂気が、見開かれ血走った目や獣のような叫びから強烈に伝わってきます。

そして最後はどーーんと『死んだ女の子』
『死んだ女の子』は2005年8月6日に原爆ドーム前で行われた、坂本龍一さん元ちとせさんのパフォーマンスで有名な曲。
原爆で死んだ女の子の思いをストレートに歌う歌詞が衝撃的な反戦歌ですが、この映画に合っているかというとちょっと違うような気もするsweat02
歌詞の物語性が強いせいかなと思うのですが。
とにかく一聴の価値はあるので、動画のリンクを貼っておきます。

元ちとせ『死んだ女の子』

最後に。映画とはあまり関係ありませんが・・・
今年の広島平和祈念式典は過去最多、74カ国の政府代表が参列し、その中には核保有国であるフランス、イギリス、そして世界で唯一の核使用国であるアメリカ代表の姿もありました。
オバマ米大統領のプラハ演説を受け、原爆投下から65年経ってようやく動き始めた世界。
ルース米駐日大使は報道陣のインタビューに答えることなく足早に去り、9日ナガサキの参列もありませんでしたが、6日のヒロシマに実際に足を運んで、世界中の人が集まり平和を祈る独特の空気を肌で感じることはできたと思うし、それをオバマさんになんらかの形で伝えてくれたらいいなと思う。

核保有国の参列に対し、被爆者やその家族の「遅すぎる」という声は当然。
一方、アメリカ国内では反発の声も。
国を動かすリーダーの人たちには、様々な事情もあるでしょう。
それでもこれは大きな一歩なのだと信じなければ、なにも始まらないです。
国連パン事務総長のスピーチの言葉を借りるなら、ヒロシマは平和の震源地。
長崎市長の「核兵器のない世界への努力を踏みにじらないで」という言葉も心に響きました。
この勢いが途切れることなく、未来へ繋がることを願います。

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こうの史代『この世界の片隅に』感想

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コメント

ワタシも観に行きました。1週間前くらいです。

まだコトバになりませんが(て、どんだけブログ放置してるんだ!てk感じですが)、家に帰って「はだしのゲン」読んだり、いろいろしてました。て、子供のとき、学校の図書館にあったので。

原爆ドームとか訪れたときのこととか思い出しながら。

て、この映画は広島じゃないけど、でも「はだしのゲン」で「芋虫みたいに帰ってくる」みたいな絵と文があって。

スミマセン。それました。

個人的にきたのは、シゲ子が最初に川に入るシーン、あと、あ、でも、あの、ダンナさんの錯乱シーンも凄かったですね。

で、ラストシーンも印象的。ふわーっとぷかーーっと。

投稿: とも | 2010年8月24日 (火) 22時25分

とも様

ごらんになりましたかー
またしてもコトバにならない作品・・・圧倒されました。
「はだしのゲン」は学校の図書館で読める数少ないマンガのひとつですが
子供のころは怖くて読めませんでした。原爆の絵本も苦手だった。。。
今ではちゃんと読まなきゃと思ってますが、いまだに全巻読破してませんsweat02

この映画は広島が舞台ってわけじゃないけど、最後はぷかーーっとキノコ雲ですし
元ちとせさんの歌も流れて、ヒロシマを連想させる作品ですね。
ともさんは原爆ドームを訪れたこともあられるのですね。

撮影期間はとても短かったらしいけど、寺島しのぶさんも大西信満さんも
鬼気迫ってましたねぇ。。。
重い内容だけど、ちゃんとエンターテイメントなところがすばらしかったです。

投稿: kenko | 2010年8月25日 (水) 20時40分

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