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現代能楽集Ⅵ「奇ッ怪 其ノ弐」

Kikkai2

野村萬斎監修、イキウメの前川知大脚本・演出、現代能楽集Ⅵ『奇ッ怪 其ノ弐』
北九州芸術劇場中ホールにて、観てきました。
ちかごろ最もハマってる劇団といえばイキウメで、前回『散歩する侵略者』鑑賞時に本作の公演を知り、これは観たい!と思っていた。
だって前川さん脚本演出で、仲村トオル、池田成志、小松和重、山内圭哉という錚々たるメンバー、おもしろいに決まってるじゃん!
が、ワタクシとしたことが、案の定チケットを取り忘れていて・・・
公演数日前にチェックしてみたら、奇跡的にまだ残っていた!
二階席だけど・・・行くべし!!

泣いた。号泣。すばらしかったです。
長くなっちゃうけど、あらすじ、パンフレットより省略しつつ抜粋。

数年前、地震による地割れと地滑り、地下からの硫化水素ガスの流出という災害に見舞われた山間の集落。
多くの人が死に、生き残った住人も去り、村全体が廃墟となっている。

ある日、集落の神社に、神主の家族である矢口(山内圭哉)が訪れる。
矢口はそこで、社に住みつく山田(仲村トオル)という男に出会う。
そこに村の再開発を計画する業者の橋本(池田成志)と、その為の調査を請け負った地質学者の曽我(小松和重)が現れる。
山田も橋本も、かつての神主である矢口の父親を知っていた。
ガスの流れに足止めされた三人に、山田は物語を語り始める。
社の周りには、口をきかない浮浪者のような者がうろついていた。
彼らは自らの死を自覚できない亡霊ではないかと、山田は話す。(略)

勘違いしていたのだけど、『奇ッ怪』其ノ壱は小泉八雲の怪談話を下敷きとしたお芝居、と聞いていたので、今回のもそうなのだと思い込んでいたのですが、違ってました。
野村萬斎氏が監修をしているシリーズ「現代能楽集」の第6弾に、前川氏の『奇ッ怪』が招かれてのコラボ、つまり現代能楽集のパート6であり、奇ッ怪シリーズのパート2でもあるのね。
こういうのって演劇でよくある?めずらしいパターンなのでは?と思うのだけど、どうなんでしょ。
野村萬斎氏が前回の『奇ッ怪』を観て、「能に通じる構造や能的な要素が感じられる」と評したことがキッカケで実現したコラボ、ということらしいです。
『奇ッ怪 其ノ弐』は八雲でなく、能および狂言そのものをモチーフとしている。
能・狂言と前川さんのお芝居って、野村萬斎さんが「似ている」と評しただけあって、とても相性がいい、というか、見事に融合していると思いました。(とか言って私、能や狂言ほとんど知らんけど)

いつもながらシンプルモダンな舞台セットですが、今回の特徴としてはかなり奥行きがあって、床面には等間隔に四角い穴がいくつか開いている。
二階席ってどうかなーと心配だったけど、席に着いて舞台を見てみて、これは上から見下ろすのが正解と思った。
思いのほか舞台が近くて、役者さんの顔もちゃんと見えたし。

まだ客席がざわめいていて照明も消えていないときに、ふっと穴から現れ穴へ消える、お面をつけた人物。黒い衣装で、カオナシのような。
ゆっくりとした能的な動きで。あまりにも静かに前触れなく現れたので、見てない人もいそう。
そこから静かに、物語へと誘われます。

短編集ではないけれど、仲村トオルさんが演じる、語り部的役割を担う謎の男「山田」が語る「幽霊話」は全部で4つある。
時に可笑しく、鳥肌が立つほどおそろしく、哀しいくらいに優しい。
いつものイキウメ的演出で、舞台上で空間は突如、時間と場所を飛び越える。
もしくは、ふたつの空間が緩やかに重なっている。
そこでさまざまな役を演じ分ける役者さん。
それは舞台ならではのおもしろさで、例えば山田を演じる仲村トオルさんが、クライマックスで矢口父を演じているのを見ると、それまで私は「山田はきっと社で祀られている神様」と思いながら観てたのだけど、実は亡くなった矢口父だったりもするのかもしれん。と思ったりもする。
答えは明示されないから、いろいろ考えて想像します。

能というのは根底の部分に「死者の魂を鎮める」というテーマがあるのだそう。
つまり鎮魂。
鎮魂というテーマで、震災後にお芝居を創るとなったとき、そこはもう避けては通れないというか、自然とそのことを描き語る、という方向へ行って当然と思う。
なんせ「数年前、地震による地割れと地滑りが起きて、地下からの硫化水素ガスの噴出という災害に見舞われ、多くの人が死に、廃墟となった山村」が舞台ですから。
それってどうしたって、私たちが生きる世界の現実と重なる。それも思いのほかストレートに。
それゆえクライマックス、山内圭哉さん演じる矢口が見る、失われた過去。
そこにはあったかい笑いとささやかな幸せがあって、まさしく夢と希望に満ちた未来が広がっていた。
ある日突然、奪われるなんて想像もしてなかった未来、村人同士の他愛ない会話や、矢口父の無邪気と言いたくなるほどの夢語りもなにもかも、それらがくだらなかったりすればするほど、あまりにもかけがえがなくて、どうにもこうにも涙が止まりませんでした。
どちらかといえば親不孝キャラの矢口はそのとき、彼の中にある思いを言葉にしたりはしないけれど、その佇まい、表情から、痛いほど伝わってくる。
矢口は自分がその場にいなかったことを、悔いているだろう。
これは亡くなった人々への鎮魂の物語で、残された人が亡くなった人を思い、死を受け入れ、生きていくための物語。なんですね。

そして矢口は、お面の人々の不可思議な動き、その意味を知る。
それは失われた日常。死者の日常は、今も続いているのかもしれない。
言葉ではなく、頭で考えるのでもなく、動きをトレースすることで見えてくる、というのは、能や狂言そのものを解き明かしているようでもあるな・・・と思ったり。(重ね重ね、能しらんけど。そんな気がしました)

死んだ息子の臓器移植された心臓にこだわる母親の話や、路地裏での暴行を目撃していたのに助けを呼ばなかった男の罪悪感の話など、霊的なものが見えたりそうした現象に遭遇する、というのは、死者の都合というより生者の都合なのかもしれない、とも思った。
霊的なものを信じる信じないという話ではなくて・・・なんというかその考え方、しっくりくるなと。
そういうのいつも、前川さんマジックで腑に落ちます。

みなさん好きな役者さんばかりでしたが、お目当ては池田成志さん。
アドリブなんだかなんなんだか分からない独特のしゃべり、テンポで笑いを取る。やっぱり好き。
仲村トオルさんを舞台で見るのは2回目ですが、(1回目は『ドライブインカリフォルニア』確か)誰よりも声が通ってました。

拍手喝采で、カーテンコールはなんと5回。
最後はさすがに、山内さんに「帰れ、帰れ」のジェスチャーされて、帰ったけどね。泣きながらね。
すばらしい演劇体験、ありがとうございました。

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コメント

ワタシも行きたかったよ~~仕事でなければ行ってたのに!

「時間と空間を飛び越える」。
ワタシが前に観た前川さんの「狭き門より入れ」と「抜け穴の会議室」両方共そうでした。独特な世界観、好きです。

「数年前、地震による地割れと地滑りが起きて、地下からの硫化水素ガスの噴出という災害に見舞われ、多くの人が死に、廃墟となった山村」

またエグいというか・・・そのまんまですね(^^;;。

「奥様お尻をどうぞ」でも、原発パロってたし、やはり避けて通れないテーマなんでしょうね(もっとも「お尻」では笑いに変えてましたが(^^;;)。

そういえば「夢十夜」シリーズ。久々にエグい夢を見まして、まだ書いてないんですがダイジェストにすると「こんな夢をみた。ある日原発から一切の作業員がいなくなる。近くの避難所に大きなつづみがいくつも。ある日、避難所から原発の方に歩いて行った住民が立て看板を見つける。「この先立入禁止、我々は原発を放置しました」。避難所はパニックに陥る。作業員の撤退に関しては実は裏で国の指示。パニックになった住民は置かれていたつづみを開けてみた。そこには放射性物質が入っていた」てな感じ。

現実にはありえない・・・と思いたいです。

投稿: とも@山猫軒 | 2011年9月13日 (火) 09時29分

とも様

めちゃよかったです〜お芝居。
ほぼ諦めてたところ、ともさんのお江戸ツイートに影響されて行こう!と思って行ったから
ともさんにはお礼を言わなくちゃです。

前川さんのお芝居って、私が観たのも全部そんな感じでした。
やっぱり『抜け穴の会議室』DVD買っときゃよかったな。。。

今回のはもろ、そのまんまでしたねー(^-^;
『お尻』ご覧になったんですね!私も観たかった〜お尻〜
次回の『ノーアート、ノーライフ』(だったっけ?)こそは行きたいな。

おおー!久々に夢十夜!
これまた、現実とめちゃリンクする・・・「つづみ」ってところがいいですね〜
ともさんの夢十夜ファンだから、ブログUPがたのしみだわ。

投稿: kenko | 2011年9月14日 (水) 00時23分

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